|
日本代表とかについて書こうと思ったら、なんだかとても長くなってしまったので、お暇なときにでもお付き合いください。
今日の日本対アンゴラの試合を見て思ったことは、このフィールドにいる漢たちは、日本のサッカー選手たちの頂点にいるわけで、それを思うと、われらがフロンターレの箕輪がこの軍団の中に選ばれたことがあったことは、とても価値があることだ。だから、選抜から洩れたってなんにも恥じることなんかない。現在の箕輪の代表キャップ(代表として出場した試合数)、1。 たとえば中田英寿は辛らつな物言いをする。曰く、「このチームは世界に出るにはまだまだ」とか。でも、日本代表って、そこにあるだけでもう価値がある。世界に挑戦して、驚かせ、そして去っていく。この挑戦が絶え間なく続くだけでたまらない。だから、この行進を止めてはいけないんだ。 サッカー見よう。Jリーグでも、カマタマーレでも、セリエAでも。 代表はここからしか作られない。『絶対に負けられない戦い』なんてのは、テレビ朝日の宣伝文句に過ぎず、毎週どこかで負けられない戦いというものは行われてるんだから。問題は結果ではなくて、負けられないはずなのに負けてしまったときに、どうやって乗り越えていくか、ここにかかっていて、その過程が人々の共感を呼ぶ。もちろん勝利をこそサポーターは望んでいるにしてもだ。 たとえばヴィッセル神戸は次節負けてしまうと、J2に降格が決定的になる。すると、サポーターが絶望する。観客が減る。予算が削られる。しかし、彼らの本当の戦いはここから始まる。降格しても解散したわけではないので、また試合が組まれ、開催されて、勝ったり負けたり、シーズンは続く。ヴィッセルを殺すな!たとえ来年は舞台の袖に引っ込んでしまっても、彼らもまた大事な舞台俳優だ。日本のサッカーという大きな演劇の中の、大事な俳優。彼らがいなくては演技が空疎になる。 大分トリニータも同様だ。彼らは今倒産の危機に瀕している。しかし彼らの演技はとてもすばらしい。こんなにすばらしい演技を見せてくれる俳優を失うのは実に惜しむべきことだ。ぼくらはもう横浜フリューゲルスを二度も味わいたくはない。『天皇杯、負けたら解散』という重い課題を背負ったフリューゲルスは、負けないで天皇杯決勝に残り、不敗のまま、優勝して死んでいった。天皇杯のデータで、『当該年度優勝チーム、消滅』。こんな記録は見たくない。 故郷に帰れ!世界に飛び出せ!サッカーを楽しむために。 代表がどんどん強くなってる過程を楽しく見ていられるのは今のうちかもしれない。というのは、Jリーグができて、ドーハでW杯を逃して、次はとても強かったイラン相手に激闘の末破り、今回は世界で一番早く出場を決めた。しかし、プロ化してほんの十年ちょっとの間でそこまで急速な進歩を遂げた国はないのだから。『90年代はアフリカの時代が来る』とサッカー界では言われていたが、なんてことはない、われらが日本代表はアフリカに追いついてしまった。 ぼくらは幸福な時代に生きている。代表チームというのは誰にでも与えられるものではない。たとえばスペインのカタルーニャ州やバスク州は、高度な自治が認められているのに、自分たちの代表をもてない。しかしぼくらは日本代表を持っている。同じ国旗の下に集まる選手たちを国歌で勇気づけ、ぼくらをつなげる。いわば、ぼくらはすでに全員が日本代表なのだ。青いシャツに身を包んだ日本一の選手たち。この青いシャツには、もはや区別は存在しない。代表戦に際しては、レッズファンだの、アントラーズファンだのと言い合ったところで何も意味はない。ぼくらは皆、ひいきチームのシャツの下に、この青いシャツを着ているようなものだ。 ところで、今日スペイン社長に尋ねた。 「そういえば、野球って好き?どこかひいきのチームってある?」 「いや…特にないなあ…」 「興味ない?つーか野球ってつまんない?」 「うーん、正直興味ない」 「じゃあさ、日本人で、おれはミラニスタ!(イタリアのミラノにあるサッカーチーム、ACミランのファン)、とかおれはマドリディスタ!!(スペインのマドリードにあるチームレアル・マドリードのファン)とか名乗ってるのって、『何言うてんねんこのボケ』とか思う?お前の今までの生活のどこにレアルやらミランやらがあったと言うのだ!?って感じ?」 「いや、それはいいんだ。世界でも有数のチームが、すばらしいプレーで多くの観客を魅了して、その中に日本人がいる。それはぜんぜんかまわない。むしろ当然だ」 彼の言葉に、世界に冠たるチームを持つ者の誇りを感じた。
今日、会社からの指令を受けて銀座に行ってみた。
銀座か…なんかOLたちがお昼休みにお財布だけ持って、ちょい高めのランチにいってる町というイメージがあった。ランチのメンバーに入るためにはいろいろなお局チェックがあったりなかったり… 新宿から一生懸命地下鉄丸の内線を探し出して、一心不乱に国会議事堂前や霞ヶ関を「なんと。日本の中枢」などと考えながら揺られていると、じきに銀座に着いた。しかしここからが大変だ。 何しろ、出口の数が多すぎた。何度も振り返ったり、行きつ戻りつしてやっと目当ての出口にたどり着いた。細い階段を上ると、四車線くらいで一方通行の大通りが走っていて、その両脇を高級ブランドの、高級そうな外壁に彩られたビルがそびえている。(確か…ニューヨークもこんな風に高級そうな店が立ち並んでいたっけ…日本のニューヨーク、銀座…そして日本のシャンゼリゼ、表参道…しかしありゃあどうにも狭すぎやしないか?まあ、どちらにしても、えらく洒脱な地区だ) あらゆる用事を横浜市内で済ませてしまう身には、とうてい分不相応な町だということだけ体で理解して逃げ帰ろうとしたところ、庶民の味方、救世主メシヤ、神の使いか悪魔の使者か、吉野家のオレンジが光っていたので、迷わず飛び込んで、豚丼を食したところ、勢いがついて牛焼肉丼も食べたが、これなら豚丼三杯食べたほうがよかったかなという愚にもつかない感想を漏らしたしだいでした。
ところで。
こちらをごらんの諸兄は、去年のアジアカップの激闘を覚えておられるか? スタジアム中反日ムード満載で、国歌もまともに歌わせない空気、極端に偏った審判のジャッジ、過密に組まれたスケジュール。全てが日本の負けを期待されて仕組まれていた中で、なんと、われらが代表の蒼穹戦士たちは、決勝戦、首都は北京で、偏向した判定をものともせずに勝利-それも完璧な-を収めてみせた。 その試合の前、中国人どもは、ジーコに向かって「二軍連れて来てるが、負けたときの言い訳か?」などと失礼千万極まりない質問。90分後に天に唾して自身の汚物より醜い顔に降りかかるとも知らずに。 そして、ジーコは、自分の目で選んだ23人の最高の選手たちに向かって言った。 「この大会は初めから中国との戦いだった。ピッチで決着をつけよう」 それで結果3-1の完勝だもの。しびれまくって。 何でこんなことを急に書いたかというと、W杯ドイツ大会まであといくらもなくなって、ジーコに対する不信とか、そんなものがいつも付きまとうているから、そして日本が負けると自分でも少なからずそう思う部分があるので、そんな不安を吹き飛ばすために、ジーコのちょっといいところをもう一度思い出そうと思ったまでです。
今、みんな食事とかでいなくなったので、オフィスでサボリーマン!!
昨日、和食料理チェーン店の「藍屋」に行った。お会計のときに、4円の端数を5円玉で渡したはずが、レジの女の子はおつりをよこさなかった。ああ、なんというジレンマ。わずか一円のために「つりよこせい!」とは言えぬではないか。しかし… 恐る恐る「ほんと些細なことで申し訳ないんですが…実は…五円玉でお渡ししたかと思ったんですが…いやあのその一円でこんな事言うのも何なんですがそのあの」と切り出すと、「あ、すみません。忘れてました」ときた。さっと渡された一円。どうしよう。ええいッ!レジの横にあった募金箱にダンクシュートした。 帰りに、同行の友人に「「おつり、一円だから渡さずともいーべ」って、あんま日本的じゃあないよなあ~イタリアとかでこんなことがあるってのはよく聞く話だが…一円でこんな事言うのもおかしいかな~?」と言うと、「いや、ほんと忘れてただけなんじゃない?それに、一円とはいえ本来なら自分の金やし」とのこと。 じつは、この店に入って席に着いてメニューを渡されたときに、灰皿を頼んだのだが一向に出てこない。はよせえや!と怒鳴りつけるわけもなく紳士的におとなしくしていたのだが、満を持してもう一度頼むと今度はあっさり来た。なぜだ、とも思うが、非常に混雑していたので、やむを得まい。 こういう対応について、かつてバーテンダーのアルバイト経験のあるこの友人と話していた。「でもさ、がーがー文句言ってもしょうがなくね?」「といって、「さっきも頼んだんですが」くらいは言ってもいいんじゃない?」「てことは、断じて文句を言わない、か、責任者引きずり出すのも辞さない覚悟でクレームを切り出す、この二つのうちどれを選ぶかと言われたら、おれは耐え忍ぶね」「まあそうやけど…」「結局、おれたちはこの店をファーストチョイスにすることはない、って結論だな」「そうやな」「で、店の人に対しては、次の客の対応がんばれ、だし。まあ、とにかく、そんなのがいやなら家から出るなってこった」
この日は誕生日。
予定では、義兄トット、タイの留学生、防衛庁技官らと観戦する予定だったが、だ~れもが…キャンセル、キャンセル。一人での観戦となった。第三京浜を走って等々力に向かう。今日の神戸戦はどれほどの観客があるのだろう。先日の柏レイソル戦では2万人におよぶ観客が押し寄せたけど。今日は神戸戦。距離の離れた両チームなだけに、あまり来ないかな…という予想は当たり、のちの場内放送では、一万人に届かなかったことを知った。 試合が始まると、神戸の集中力が、フロンターレのそれを明らかに上回っていた。 播戸、平瀬といった名のあるストライカーたちめがけて、朴、ホルヴィがクロスをあげ、時には自ら侵入して、フロンターレのゴールを脅かす。どうにもうまくいかない我慢のサッカーを続けていると、前半10分にフリーキックを得た。マルクスのシュート性のボールにジュニーニョがわずかに触れてゴールイン。先制だ!!それから数十分はフロンターレが危なげなく跳ね返す展開が続くが、これは神戸の巧妙な罠だった。ぼくらは神戸の本当の姿を、あとで思い知ることになる。 前半も終わりに近づいた頃、やはりフリーキックをアウグストが直接ねじ込んだ。よし、2-0。もうひとつゴールを決めたら安全圏内に入る。2-0では危ない。後半に入り、この試合を落とすと後がない神戸は、なりふりかまわず攻めに打って出る。懸命に神戸の攻撃を跳ね返していたが、セットプレーでイヴォから出たパスを播戸に決められる。これで2-1。 ロスタイムに入る前などに同点に追いつかれ、そのままロスタイムに決勝点を決められて負けるチームなど、枚挙にいとまがない。このままではいけない。 更なる一押しでいける、と、神戸のジェハーク監督は確信を持っただろうか。 この局面を打開できる、と、日本代表にも名を連ねる三浦淳宏は思っただろうか。 両者の思いが一致して、ぼくらが最も恐れていたプレイヤーが縛めを解かれた。 三浦淳宏。彼のバイオグラフィは数奇な運命に彩られている。フリューゲルス、マリノス、ヴェルディを渡り歩いて、そしてヴィッセルにやってきた。有名な女優と浮名を流したこともあった。そのフリーキックは誰にもまねできないシュプールを描いてゴールに突き刺さる。そんな彼が、今フィールドに解き放たれた。もとよりゴール前に張り付いてるだけの選手ではない。縦横無尽にピッチを走り、ひとたびボールを受けると素早いドリブルでゴールを目指す。 彼に魅入られるようにして、神戸のプレイヤーたちの動きもよくなる。翻ってフロンターレのプレイヤーたちは何とか最終防衛線を破られないようにするだけで精一杯。どんどん時間がなくなっていくにつれてますます動きを良くしていく神戸は、さながらブラッドソードのようなチームだ。残り時間に反比例して体力を増していく。 久しぶりに試合に出た寺田の動きはトップフォームには遠く、ジュニーニョは徹底マークに遭い、削られて地面に倒れこむ。原田の熱情のこもったミドルシュートは、得点という確実なクリティカルヒットには遠い軌道を描く。それ以外の選手はどうか。それ以外の選手にしても、集中力を保ちきれない局面が続いた。 それでも、終了間際に原田、我那覇、ジュニーニョと渡って決定的な3点目が入り、今期いっぱいで引退を表明した相馬が投入され、相馬の名を叫ぶ感動的なコールが続いて、最下位ヴィッセル相手の難しい試合に勝利した。 もうね、代表経験者、とは言わないけど、W杯出た(つまり、98年フランス大会から)やつらに、引退許しちゃだめ!みんな40歳超えるまで(ゴールキーパーは45歳まで)強制現役! どこか契約するチームがあり続ける限りプレーして、経験を伝えてほしい。 誰も契約してくれなくなったら、週40時間の社会奉仕。小学校とかでサッカー教え続けろ! 40歳過ぎたら年間2000万円の年金支給! それぐらいやらせて、そしてやってあげて、彼らの偉業に応えよう、そう思った、晩秋の試合でした。 ![]()
昨日高速を走りながら音楽を聴いていた、宇多田ヒカルのColorsを。
『青い空が見えるなら青い傘広~げて~♪』のところは普通に聴いてた。 でも… 『オレンジ色の夕日を隣で見てるだけで…よかったのにな…口は災いの元…』 ここの部分でもういけない。 名状し難い思いが溢れて、のどもとに何かのどを塞ぐものがこみ上げてきて、視界が曇ってしまった。あらら…どうしたことか…運転中に音楽聴いて涙するなんて…危険が危ない!…誕生日に、一人で、等々力にサッカー見に行く途中で…。
先日作業を終えると、オフィス内には社長兼友人のスペイン人だけ。
カフェでも行こうかと社長を誘ったら、二つ返事で社長が向かう先はハイアット!何で!? 「ここにカフェがあるからさ」 社長は事も無げに言う。 (へええ…これが噂の、「ホテルのラウンジでコーヒーを飲む」って言う行為か…) エレベーターがぼくらを運んだのは41階。なんと、都庁と目線の高さが同じ。 展望台のようさ、値段も展望台料金込みの1300円!! コーヒーとは思えないな。 しかしそんな料金も、社長は「経費だから」といってご馳走してくれた。 知り合いのカフェのマスターが、「ホテルのラウンジで飲むコーヒー」について、「ウチはドトールのように安くできないけど、ホテルのラウンジよりは安い。その間に価値を見出す人が来てくれる」と言っていた。つまり、日本の最高峰のカフェは、ホテルのラウンジなのだと思ってた。 それにしても、この眺めはすごい! この眺望を眼下にして、とりとめもなく話してた。 「当時最強とか言われてたイギリス海軍を、シンガポールでギッタギタにノシちまって…こんなさ、大陸の端っこにひっついてるだけのちっせー国がよ。イギリス野郎も、オランダ野郎も、露助も、みんなブッ叩いちまった。驚いたもんだぜ。『プリンス・オブ・ウェールズ』なんかまさしくカマ掘られてやがるんだから…すげえよ、日本人」 「すげーべ。挙げ句、アメ公に原爆二発もらったってこの復興ぶりだ。あと10年20年で、今戦争やってたりさっきまで戦争やってたイラクやアフガニスタン、クロアチアとかがほいほいオリンピックだ何だってできないだろう?で、その理由ってな、何なんだろうな?」 …… 「日本での、職人に対するリスペクトもすげえ。すし職人とか。まずは一年間は下準備。そしてもう一年は親方の後ろで見てるだけ。スペインなら、ちゃっちゃと握らして、一週間後にはカウンターにいる。スペインのレストランである日、たら注文したらひらめ持ってきやがって。「たらを注文したんですが…」って言ったらよ、「いーえ、これはひらめそっくりのたらでございます」なんてヌカしやがんの。ばかやろう」 「ハハハ、さすがスペインだ!」 …… …… 社長は気のいいバスク人。彼と楽しく仕事をしようと思った。
新しい仕事。今までは、何もしないことが幸福につながってた。今度はそうはいかない。企画して説得して取り掛かる。「そんなことおれにできるのかよ!」という不安があったが、友人に言わせれば、「それこそが面白い仕事じゃあないか」ということになる。そうか。今から不安に思っててどうするおれ。
スペイン語にサッカーに外国と、楽しい要素はたくさんありそうだ。楽しむとしよう、グリーン車の乗り心地を、朝の空気を。自分専用の端末を、通勤時間で読む本を。眠れる夜を、週末を。 さて月曜日がやってくるのでそろそろ寝るとするか。
昨日はサッカー…のはずが、十人しか集まらなかったので、五対五のミニゲーム。
そんなささやかな中にも、サッカーのエッセンスが見え隠れする。 そして、今までやったことのないプレーが出た! 右足で浮き球をコントロールして、頭上へ浮かせて、そのまま背中についたディフェンスの向こう側に落とし、反転してそのディフェンスを無力化する。さながらロナウジーニョがよくやるあれだ。彼よりはるかにゆっくりとした動作ながら。 そんなプレーが自分の中から出てくるとは。 いつもサッカーを一緒にやる魏志倭人伝先輩は言う。 「だから、もう、そういうことができる能力は身についてるんだよ。あとは、実際に出せるかどうかだけだよ。語学と同じで、わかってるんだけど、授業中先生に当てられたらわからなくなっちゃうようなものさ。もうできるようになってるんだ、自信を持てよ」 なるほど、わかりやすい。 そういうわけで、また次もサッカーしよう。 まだまだうまくなるような気がする。
Steedを生き返らせるのに、どうしても必要なパーツがあった。
足りないパーツはオークションで落とせ。 ……そうして続々とパーツが届き始めた。北海道からはフェンダーが、名古屋からはテールランプ。今のところ困るような変な品物は贈られてきていないので幸運というべきか。全部取り付ければ、その形も麗しい純正アメリカンの出来上がり。全てがうまくいったら、かつてのボスであったウエノ氏にプレゼントしよう。 ウエノ氏が、バイクの楽しさをしるのに、なにがしかのお手伝いができれば…。 あああ~~~~~~バイク運ぼうと思って倒してしまって、ブレーキレバー折れたんだった。 買ってこなけりゃあ…作業が増えるッ! バイクが傷つくたびに わが心 影作る。
|
カテゴリ
以前の記事
2005年 11月
2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 お気に入りブログ
最新のコメント
ライフログ
おすすめキーワード(PR)
ファン
|